手帳の湖

手帳にまつわる自省録

振り返る、懐かしむ

手帳に書いたことを後で振り返る。1日の最後や月の最後、1年の最後など。こういった手帳の振り返りをするという行為はさまざまな理由やさまざまな効果があるだろう。書いたことを見返すことの大切さについてこれまでもこのブログで何度か書いてきた。そのブログの記事を読み返してみてもいいかもしれない。

僕が手帳を見返す時は、ひとつは予定やタスクを確認する時だ。これは備忘の役割として記録しているものだから必要に応じて見返すのは当たり前だ。

もうひとつは、過去の記録を読んで懐かしむ、という時だ。割と数年前の手帳をパラパラと捲って当時の出来事を懐かしむということをする。卒業アルバムを見て懐かしむのと似たようなものだ。手帳趣味の中の最大の娯楽のひとつだと思っている。

逆に1日の反省と称してその日を振り返るということは意外にやらない。毎日楽しいことばかりでもないし、たとえばつまらない日があったとして、それを振り返って嫌な気持ちを強化することはあまりやりたくないのだ。とてもいいことがあった楽しい日は何度も振り返って噛み締めたい。ここに厳密な運用ルールは必要ないと思っている。

書いたものは書いた瞬間に過去になるが全て懐かしむ対象かは別だ。

手帳を使う上でグランドルール的なものは持つが、厳密に決まりきった運用をすることはしていない。縛りを設けすぎると窮屈になってしまって書くのが億劫になってしまうからだ。毎日振り返ってもいいし、振り返らなくてもいい。何も書かない日があってもいい。ちなみにこのブログもそうだ。毎日更新する、という縛りを設けてはいない。ブログのテーマは”手帳”なので縛りを設けていると言えばそうなるが、かなり緩くしている。現に手帳と全然関係ないネタの日もかなりある。ブログをできる限り長く続けたいなと思わなくもないが、これも決めつけてはいない。手帳の運用もブログの更新も趣味の範囲なので義務化して自分自身がつまらなくなってしまわないようにしたいと考えている。

ブログに関しては読者の皆さんもいらっしゃるので想定読者が自分自身だとしても全く配慮しないというわけにはいかない。でも、僕が使っている手帳は自分自身のものでしかないので、自分の好きなように決め事をつくったりつくらなかったりでいいのだ。あくまでも緩く。

今日はあれこれとダラダラ書いたが、僕が手帳を振り返るときは過去の出来事を追って懐かしむ、という目的が一番多い。ということが書きたかった。