手帳の湖

手帳にまつわる自省録

間違った手帳の使い方というものはない

手帳は、ひとそれぞれ好きに使えばいいものだ。手帳を使ってスケジュール管理をしてもいいし、ノートを取ってもいいし、目標を書いて自己実現を成し遂げるためのツールとして使ってもよい。唯一絶対の正解、といった類のものは、ない。そもそも手帳を使わないといけないなんてこともまったくもって、ないのだ。

個人個人での正解、とされるものはあっていいだろう。その人が自分にあった最高の手帳やその手帳の使い方を見つけることができたなら、それはとても素晴らしいことだ。僕自身もいろんな手帳に揺らぎながらも「いつも持ち歩けるもの」「フラットに開くもの」「ベルトは無し」このあたりが手帳の条件に絞り込まれてきている。これは「書きたい時にすぐ書ける。」を実現するための条件だ。ただここで重要なことは、これはあくまでも「僕の場合」であって、この記事を読まれた方に必ずしも当てはまるものではないということだ。「そうそう!」と同意してくださる方もいらっしゃるだろうし、「そうかな」「それよりも」「別に」みたいな感じで同意しかねる方もきっといらっしゃるだろう。それでいいのだ。手帳の好みも使い方も人それぞれなんだから。なので手帳の使い方に悩んでいてこの記事にたどり着いたみなさん、このブログの内容を鵜呑みにせず信用せずに、どうかご自身の思うように手帳を選んで使ってみてください。あ、参考になるのであればもちろんご参考いただければ嬉しいです。

・・・ということは、「間違った手帳の使い方」というものは存在しないも同然だ。手帳の正解は人によって異なるし、その人だって環境が変われば正解も変わっていく。僕自身はいろんな手帳術もひと通り齧り一周か二周ぐらい回ってからあまり凝った使い方はしないというカタチに戻ってきた。あれこれこねくり回してみたものの、結局使いやすい手帳運用はシンプルで強力なものだけが残った。

選ぶ手帳も手帳の使い方も、自分自身がよいと思えばそれでいいし、そう思わないならいろいろ試したり調べたりして使う手帳を変えたり使い方を工夫してみるとよい。どんな手帳の使い方が正しいかわからなくて、自分の手帳の使い方は間違ってるんだろうか?と不安になる必要なんてまったくないのだ。