手帳の湖

手帳にまつわる自省録

モレスキンとメモの書き方

ふとモレスキンのことを思い出して、使っていた頃のことをつらつらと考えていたのだけれども。

モレスキンを使わなくなってもう5年以上経つので当時の活用方法について記憶が曖昧になってきているけれど、過去のブログ記事にもあるように一冊運用を試したり色々工夫していたようだ。

diarylake.hatenadiary.com

 

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記録は時系列に記入していたしバレットジャーナル的な使い方をしていたわけでもないので後で情報に辿り着くのは大変だったはずなんだけど不思議と困った記憶がない。システム手帳の最大の利点と言ってもいい”分類”が得意ではないモレスキンで困った記憶があまりないのだ。自分のメモって意外と読み返さないのかもしれない。

モレスキンとシステムダイアリー。

時系列で書いてよい、というルールはかなりストレスフリーで思った時に書く場所を選んだり迷ったりする必要がない。システム手帳のメリットである分類は、ある程度分類された状態で初めて書く場所を選ぶことができる。”これどこに書けばいいんだっけ?”という迷いに対する回答を用意しておく必要がある。未分類のものを各ページに書いてあとで書き写す、でもいい。その点モレスキンのようなノートはそのまま最新の白紙のページに書けばよいので楽ではある。バレットジャーナルはやったことがないしやる予定もないのだけれど、目次を作ったりさまざまな工夫によって検索性を高めていると思うので導入してみるとデメリットを帳消しできるのかもしれない。あまりバレットジャーナルのことをわかって書いているわけではないので変なこと書いてたらすみません。

今使っているシステム手帳であれこれ書き殴っていると、特にプライベートで思いついたことをあとで分類しにくいレベルでごった煮でメモしていることに気づいてハッとなる。思うままに書いたけど手帳の話と子供の話、そのほかの家の話をごっちゃに書いているのでそれなら分類なしで普通にノートっぽく書いてもいいんじゃないか?と思ってしまった。そうなってくるとシステム手帳である理由が薄まってしまうのだけれど。

手帳にはいろんな使い方があるのでこれが正解!というものはないのだけれど時々こうやって過去使っていたものと今使っているものの差分について考えてみたりすると手帳運用の棚卸しになるのでいいな。モレスキンよかったよな、と思いながらも今のシステム手帳のほうが今の僕にはあってると思う。というのが本日の結論。