手帳の湖

手帳にまつわる自省録

波待ち

手帳に書くことがない=手帳が続かない、ではない。

手帳を続けていると次から次へと書きたいことが溢れてきて些細なことでもメモをとりたくてうずうずする。そんな時もあれば、何も書くことがない、変わり映えしない同じことを繰り返す毎日だなと思って手帳を開く意欲もペンを手に取って書くのが億劫だと感じる時もある。こういった波は大なり小なりきっと人それぞれにあるのだろうと思うけれど、手帳に何か書くという行為を自分に架してプレッシャーを感じる必要はないと思っている。書けない時は書けない。書く気が起こらない時に無理矢理書くもんでもない。

白紙の日々でも構わない

僕自身もGW以降、筆記量が減っているけれどあまり気にしていない。その内めちゃめちゃあれこれ書きたくなる波がまたやって来るからだ。波待ち。

なので極端な話手帳さえ持ち続けていたら「手帳が続いてる」と思ってて間違いない。また、これは個人の考え方次第だとは思うが、手帳は個人利用という用途で使っている限り「自分だけのもの」なので書かない日が続いても誰にも迷惑かけるものでもない。そう思っても良いと思う。あ、他人に影響のあるスケジュール管理は別の話。ダブルブッキングやすっぽかしはダメだな。

そんなわけで、既に何度か書いているテーマだけれども、手帳に書くことがない=手帳が続かない、ではないと思っている。そのうち来る次の波を待っときゃいい。

ちなみにブログに書くことがない=ブログが続かない、という式は割と成り立つな。でもこれも波待ちしかないな。大きな波来るかな。うむむ。